2009年5月9日(土)、忌野清志郎の葬儀会『青山ロックンロールショー』に行ってきました。 私は、常々“写真は記録だ”と思っていて、その報道的なキモチを以て、当日会場に足を運べなかった人を中心にこの写真で体験してもらえれば、と思い、こうして葬儀の模様を紹介させていただきます。 写真は献花台の前以外はOKでした。そのルールを守った上で、故人に最大の敬意を払い、お伝え致します。
12時前くらい、青山一丁目駅を出たら「ファン順路」の看板持った人が。混雑の予感。
促されるまま進むと、青山墓地の中に「列最後尾」の看板が。墓地の中で長らく待つ事になる。葬儀会場まで列がぐるっと回ってるみたい。
遠方で来られなかった友人達の分も1人1本ずつ、お花を用意した。 お花屋さんに「清志郎のお葬式に持ってゆくので、なるべくハデなのにして下さい」と頼んだ。
「裏にメッセージを」と、1人1枚ずつ芳名録が配られる。
まだまだ長蛇の列。 12:00ちょうどくらいに、お墓の向こうの会場らしき方向から、ライブっぽいアゲアゲなアナウンスと共に、大音量でファンファーレが鳴り響く。どうやら関係者のみの葬儀が始まったみたい。清志郎の歌が大音量で流れる中、時折聞こえる「ウオーッ!」という歓声がうらやましい。私たちは、小刻みにリズムをとりながら、静かに並んだ。音楽が止んだと思ったら、人のボソボソした話し声が。弔辞かな。誰か分からなかったけど、竹中直人さんだけは滑舌が良いのかすぐに分かった。
道の向こうも、ずっとずっと長蛇の列。なんだか13時〜の一般弔問のスタートが遅れて、14:30〜になったみたい。
3時間ほど並んで、やっと受付に。「青山ロックンロールショーへようこそ」というアナウンスが流れ、ちょっとウキウキ。
芳名録を渡すと、遺影ハガキをくれた。「イエー!感謝 for you!」と本人の字が入ってる。「イエー!って言えー!」って言ってた清志郎のダジャレのエッセンス、“イエー!”=“遺影”ということか?
会場に入るまで、まだ列が蛇行。が、ヒトハタウサギの巨大バルーンと、外に向かって流れる清志郎の曲でライブ気分が盛り上がってくる。ちなみに持参のお花などは端っこのテントで渡す。そこで延々かかってる曲が『ファンからの贈りもの』。笑った。「♪贈り物をくれないか 後で楽屋に持ってきて もっとたくさん もっとステキなものを Woo彼女にプレゼントするんだから♪」ステキなものがいっぱい、ご家族に渡るといいナ。
遺作となった『Oh!RADIO』も度々かかる。患っているとは思えないほどのパワフルな声の伸びに感動。喉頭がんを切開手術せず、喉の温存をとった清志郎。前日までの長雨も夜の間にあがり、抜けるような青空に、抜けるような歌声が響き、思わず胸が熱くなる。
会場の屋根に原画か?
そろそろ会場の中が見えてきた。
廊下には、花輪の代わりと思われる札が。有名人がいっぱい。
会場の床は、紙吹雪の残骸だらけ。13:00には終わっている関係者葬儀の華々しさがしのばれる。
横の方に司会者らしき人が。たぶん長年ライブで盛り上げ役のアナウンスしてきた人だと思う。
献花台に置く花を1本ずつ配ってくれる。目をまっ赤にしてる係のお姉さんもいた。
ライブでのマントショーの補佐役の人が、ずっとマントを持って祭壇の傍らに居た。
祭壇はきらびやか。手前にはギターや楽器などたくさん。戒名無しの「忌野清志郎之霊位」がでかでかしててカッコイイ!その後ろに遺骨箱が。それ見ちゃうと、もう、あふれますね。皆がすすり泣く声が重なる中、「キヨシロー!ありがとうー!」と大声で叫ぶ人も。私は声を出す事も出来ず、心の中で遠方からの友人達から預かった気持ち、自分の気持ちをゆっくりとお話しして、手を合わせてきた。でもやっぱりキヨシくんがいなくなるのはイヤだ!イヤだ、イヤだ!
と思えば、祭壇の端のスピーカー脇には、清志郎の写真ボードが。「自分のお葬式ってどんな?」って見てるのね。泣き笑い。
会場を出ると、本人直筆の「愛し合ってるかい?」入りの大きな写真が。
ヒトハタウサギのふもとには、ポスターなどが。あ、『い・け・な・いルージュマジック』!
ファンからの千羽鶴なども。
テントの方にもいっぱい清志郎が。ジャンプする清志郎、一番奥でポージングする清志郎。
ライブで使われたコタツ、タイマーズでかぶってたヘルメットも。
ひととおり終わったら16:00すぎ。4時間くらいかかったか。帰りは「列最後尾」が駅の方まで延びていた。 後日のニュースによると、来場者は4万2000人。美空ひばりの時と一緒くらいなんですってね。終電以降も並んでて、200人くらい入れない人が出たらしいね。みんなで「アンコール!」だって。さすがロックショーだなぁ。
そんな感じで、なかなか良い『ロックンロールショー』だったのでは。 この夜は、同行者と楽しくいっぱい呑んで、帰りに夜空を見上げたら満月だった。 晴れて、ホントに良かったね、清志郎。
最後に、魔のYouTube地獄にハマって最近知った曲を張っておきます。 『オーティスが教えてくれた』
自分の事を“ファンなんて言えない(もっと好きな人が身近にいっぱいいたので)”と思ってきましたが、今振り返ると、やはり自分の若かりし日々の色んなところに清志郎の歌があったんだな〜と思います。この曲の『オーティス』の部分を『忌野清志郎』に置き換えたい気持ち。 ロックをショーという形式に、興行にした功績は大きいと思う。もっと言えば、反骨精神とかで語られるモンじゃない気がします。良い意味でミーハー、その瞬発力を実現させる魅力を持った人でした。そして栗原清志というヒトそのものが、そのちょっとダメな感じも含め大好きでした。
これで、清志郎内容の日記も一区切り。 Love & Peace。
最近のコメント