2010/09/21

茄子はエッグプラント?

時間がなくて夕飯を作るヒマがない、そんな日はオリジン弁当でお惣菜。
どーしよーかなーと選んでたら、大きなリュック担いだ白人カップル2人が入ってきた。旅なれた風で安くて良い旅をしてるんだろな、そんな印象。

いきなり女性の方が「May I ask you?」的なことを私に向かって言ってきた。
おいおい、英語かよ。ちなみに私は英語は苦手だ。「あ、うん」とかうなずいて何聞かれるんだろう?とドキドキしてたら
お惣菜指差して「Is this a cheese?」だって。チーズかどうか訊いてるのか。
「ノー。トウフ」って言ったら通じた。「Oh! TOFU! 」とかうなずいてた。トウフ通じた。ソイビーンズなんとかとか、説明しなきゃいけなかったらどうしよかと思った。

続いて「What is this?」とか他のもの指差して訊いてきた。「Meat?」とか。
それはエビチリ的なものだよ。肉じゃないよ。えーと「シュリンプ。シーフード。」
「I know, I know」だって。通じた。
そうか、菜食主義とか肉の種類とかで、食べれるもの食べれないもの色々あるんだろう。総菜屋は冒険だろなー。
でもレストランでオーダーするより、目に見えて選びやすいのかも。

間髪入れず男性の方が「Where is the chicken?」とか、チキンを訊いてきた!
おーあなたはやっぱり肉を食べるのね!ん〜…店員サーン!と思いながら「ディス and ディス! …あーっと ザッツ , too!」と、唐揚げ2種とヤキトリ教えてあげたよ。
そしたら「different?」とか違い訊いてくるんだもんな、参ったな。
「こっちがガーリック フレーバー、こっちがソイソース フレーバー」。
2回くらいゆっくり言ったら通じたみたい。フレーバーで分かるよね…?
「soy souce! 」ってちょっと喜んでたみたい。

そしたらまた女性に呼ばれた。
「What is this?」
えーっと、それは茄子だな…「エッグ プラント」って何回も言ったけど
「???」って顔。「Meat?」って言うんだもん。
茄子はエッグ プラントと違うんだろか…ええい、肉とちゃうわ、野菜やわ!クタクタに茶色くなってるけど、野菜なんやで、コレは!おいしいんやで!
「ベジタブル、ううん、ベジタボー。」とかなるべく頑張って言ったら分かってくれたみたい。

こりゃもう、全部訊かれるな、と思ってね。
魚のモノ指差しながら「フィッシュ、フィッシュ、フィッシュ…」、
肉モノ指差して「ビーフ、ポーク、チキン…」、
サラダは「ノーミート、ベジタブル オンリー」と
だいたい説明しましたわさ。単語で。
周りに4〜5人のお客さん。あー恥ずかしかった。

帰り際に「Bye! 」と笑顔がサラリ。
私は「ばいばーい」と日本式に手を振った。
役に立ったかな? なら嬉しいけど。

旅先で現地の人と交わす一言…それが嬉しくて私は旅をする。
ちょっと旅情が湧いてきた。

しかし、私なら少しでも現地語を覚える努力をするよ。
たとえ通じなくても、会話帖とか筆談でも頑張るけどなぁー。
英語ってそんなにエライのか?

そういえばフランスでデパ地下のお惣菜買ったときは、やっぱり言葉が通じなくて大変だった。量り売りもグラム数言わなきゃいけないし。「メレンゲ トロア」はすぐ通じたけど。3つも買うなって?まあエエがな。毎日通ってたら、3日目くらいに覚えられたけど。地元のマダムたちに混じって声張り上げて店員振り向かせるのは、なかなか戦争だった。

そんな事も思い出したり。まあエエけど、ネイティブ的に「茄子はエッグプラントなのか?」気になる。
だって卵って紫色じゃないもーん、違和感あるのは私だけ?

いつもの街角がちょっと新鮮に見えた、どこにでもある出来事でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/07/04

アスパラを植えたい気分

Asupara友人にもらったアスパラの苗を今日植えた。
これ、ダイソーで売ってるらしいんだけど、伸びてきたら一日10cmくらい伸びるんだって!
本格的収穫は来年春からだって。どんどんいっぱい生えてくるんだって!

そういうほっといても勝手に伸びてくるヤツって、なんか愛おしいでしょ。
道路脇の雑草がキレイに花を咲かせてたりすると、ちょっと嬉しい気分になる。
先日までは野生のポピーが道路脇を飾ってたけど、そろそろそれも終わり。
季節はヒメジョオンってとこかな。

でもね、この野生のポピーって、摘んできて家に飾っても、すぐ花びらが散っちゃうの。
サーモンピンクがキレイだな〜って、うちに持って帰っても、翌日にはハラハラとバラバラになっちゃうの。
クロスに落ちたサーモンピンクが、白のクロスと対比して鮮やかで。
鮮やかさが、何か悲しいの。
だから、それからは自転車から眺めるだけにした。

水しかやらない家のモンステラが、今年も新しい葉を開いている。
ハワイで買ってきたティプラントは、いくら水をやっても芽が出ない。
誕生日に友人にもらったポトスは、順調に根が伸びている。
実家から分けてもらった洋物の観葉植物は、水だけで随分大きくなった。

アスパラも、私の思うところと関係なしに、勝手に大きく育って欲しい。

今日はなんだか暑い。もう夏みたい。
今年の夏がもう去ったのか、これからやってくるのか、そんな事すら曖昧な毎日の中で、今日思ったこと。

アスパラを植えるのは、今日だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/06/29

そういう季節

所用で渋谷へ出かける。
雨が降ってないので自転車で。

夜、暗くなった帰り、自転車に乗りながら見上げるはセルリアンタワー。
意識しなくても、側を通るとなぜかその高さについ見上げてしまう。
そしていつも無意識に重ねる映像がある。

私が見た瞬間、その高いビルの窓から不意に落ちる人。
ビルは暗く、窓はまばらに四角く明るい。
その逆光をたまに遮るシルエット、人型のシルエットが落ちて行く。
落ちる?あれは落ちてるんじゃない、舞ってるようだ。
ヒラヒラと舞うように、散るように、人間が落ちてゆく。
意外にもゆっくりと見えるもんだな、と思う。
雨とどっちが早いんだろうか、おんなじかもな、とか思う。

そんな虚空の映像が、現実のセルリアンタワーと別レイヤーで重なって見え、
こんな瞬間見たくないな〜、とブルッとし、映像を払いのけ、先を急いで自転車を漕ぐ。
たぶん“衝撃の映像”とかのTVで見た何かが残ってるんだろうな。
見たくないから見えてしまう、ああ、イヤだ。

そんな映像も忘れ、自転車が南平台に差しかかったころ、
横のマンションの上層階のベランダで影が動き、「ガサガサッ」と大きな音を立てた。
ビクッとして、また例の別レイヤー映像がよぎる。
(ついに映像のホンモノが…)と一瞬覚悟する。

しかし影と音の主は、笹だった。
ベランダに備え付けられた竹の枝葉が、風に揺られているだけだった。
走り抜けながら目の端に映った笹には、何やら紙切れのようなものも付いていた。
どうやら「笹の葉サラサラ…」の笹であるようだ、ということは、瞬時に分かったので、なんだ、そうか、と安心した。

(そうか、もうすぐ7月か、季節は七夕なんだな…)

ついそこまでやってきている7月に、気付きもせずに、今日まで過ごして来た。
明日からは笹を見ても驚かない。
こうして今年の七夕は、私に訪れた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/07/11

ハトのグラス

いつも仕事の事ばかり書いてるので、たまには“ 捨てられがちな日常”を拾ってみる事にしましょう。

R0011314 うちに来た事ある人ならきっと知ってる、思わず「なつかしい!」との声もあがるほど常時使っているこのグラスは、たしか15年くらい前に杉並の救世軍のバザーで購入したもの。
古くてモダンなモノに心惹かれてしまう私は、当時ヒマがあると古着屋やフリマ、雑貨屋を見て歩いていた。

コレを見つけたときは、なんだかときめいたな〜。
シンボライズな鳥が空に向かって羽ばたいてる、ってデザインもいいけど、
なんてったって、インクが半透明で他の鳥と重なって見える、っていうのがたまらない。
光に透かしてみたくなる。う〜んたまらない。
値段的には200円くらいだったので(バザーだしね)、即購入。
東京に出て来てまだ2〜3年だった当時は、このハトが何だか知らなかった。
ましてや新宿なんて行かなかったし。
すぐ後に、このハトが京王百貨店の包み紙や紙袋のデザインだと知るのだけど。
そうこれ、京王百貨店のノベルティグッズなんですよ。1960〜70年くらいの。
それを知ったときは「へぇ〜そんなもんか」とも思ったけど、カワイイのに変わりはない。
そして現在も変わらず愛用。

そして随分経ってから知るのだけど、この京王百貨店のハトのデザインは、
かのソール・バス氏によるものなのだそう。
ソール・バスと言えば、映画のタイトルロールのデザインが有名で、『ウエストサイドストーリー』『サイコ』『めまい』『悲しみよこんにちは』『黄金の腕を持つ男』『北北西に進路を取れ』など、50年代〜70年代の記憶に残る斬新なデザインは彼だ、と思っても間違いないかも。
ソール・バスについてはまた今度くわしく書こうかな。

そんな私も敬愛するデザイナー、ソール・バスによるグラスと共に過ごす日常は、
あまりにも日常で消え入りそうになる。
お茶を入れたり、ミルクを入れたり、ほったらかして茶渋をつけたり…。
たとえば、ミッドセンチュリーデザインがブランド化された昨今、中目黒辺りでこのグラスを見つけたとしたら、もしかしたら値段がゼロひとつは違うかもしれない。
高く買ったら扱いが変わるだろうか?
いや、そうじゃないんだな。
実質、高く買ったピエールカルダンのレインボーカラーのグラスは、次々と割れてしまった。
同じ佐々木硝子の製品なのに。同じ年代のものなのに。
私がコレを愛している本当のワケは、“割れない”ということかもしれない。
形が強いのかな?
なんかずっと黙って側にいる、気付いたらついてきてたコイツは、
もしかしたら私の日常を一番知ってるヤツかもしれないなぁ〜。

将来コイツが割れて、その時私がお金持ちだったら、
高くても同じものを手に入れるかな。
見つけたら買うだろうな。見つからなかくても探さないだろうな。
バカラのグラスとかも揃えちゃったりして、そんな横に置かれたりするのかな。
でもたぶん今と同じ日常的なキブンで、日常的な使い方をするんだろうな。
なんだろ、状況が変わっても今と変わらない、ってヘンに確信するものがあるのよ。
モノを“好き”なキモチって、そんな感じかな〜なんて思うワケさ。

今日もこのグラスにお茶を入れる。
Macの左側にずっと置かれている。
ゴハンのときは、食卓へ持って行かれ、食後またMacの左側へ戻される。
持った時の感じ、丸みや大きさや重さが自分になじんでいる事にすら、最近は気付かなくなった。
そんな掃いて捨てるほどの日常を、これからも繰り返すのだと思う。
できれば、コレに入れたお茶を、私が半分も飲めなくなるくらいヨボヨボの時が来るまで、私の側にいてだまってお茶を飲ませて欲しい。

そんな風に、今日思った。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007/06/17

ナンシー関さんを偲ぶ会

Nancy 昨日、渋谷の台湾料理屋でナンシー関さんを偲ぶ会がありました。
私はナンシーさんのオフィシャルサイト『ボン研究所』のデザインをさせていただいており、
同じくサイトの管理をしているプラスワンデジタルの社長と一緒に、会に出席させていただきました。

もう亡くなってから5年経つのですね。
スタンプ葬にも出席させていただきましたが、あれからそんなに…。早いです。

会は、およそ60名ほど集まって大賑わい。
清水ミチコさん、鈴木慶一さん、山田五郎さん、松尾貴史さん、吹越満さん、川勝正幸さん、渡辺祐さん、安斎肇さん、敷島関、パラダイス山元さん、なんきんさん、朝倉世界一さん、藤井千夏さん…
などなどの面々が、ナンシーさんの写真を囲んで楽しく思い出話をし、飲んでいる。
こんなステキな法事、ホントにいいですね。

私も大好きな方達がたくさんいらっしゃったので、ワクワクしてしまいました。
個別にお会いする機会があったとしても、一堂に会するなんて、そうそうないですよ。
やっぱナンシーさんはスゴイ!

消しゴム版画で、誰を彫ったか分からない作品がファイリングしてあって
分かったら人名を書き込めるようになっていたのだけど、
これだけ人が揃うと、何かと書き込みがされていて面白かったです。
「カナダの大統領」とか。そんなの私なら分かんない。
中でも「本人確認済み、私が頼んで彫ってもらいました」という、清水ミチコさん本人の書き込みには笑いました。
ご本人が言うんだから、間違いない!

Seal そして良かったのは、ナンシーさんのWebを立ち上げた時にお借りしていたままだった消しゴム版画を、
ようやく妹さんの元へお返しする手はずができたこと。
今日、返す荷造りをしていたら、当時いただいたカラーシールが出てきました。
ご本人がパソコンで作成したと思われる、貴重なものですね。
これ、使わずに取っておきます。イヤ、使うのが本望かな。

最近フツーにTV見てたりして、誰か死んだとか言うと、
ナンシーさんならなんて言うかなー、とか思っちゃいます。
みんなの心にいつまでもナンシーさんを!

| | コメント (4) | トラックバック (0)